自由な国で、自らを不自由にし、自由を得る人 ”My Credoを持つという事とMy Credo 10選”

2011/10/06 § 1件のコメント

世界的に休暇が少なく、せっせと働いている国のはずなのに、なぜ不景気なのだろう。物質的には自由なはずなのに、なんだこの、不自由な感覚は…
僕はいつもそう感じています。

皆さんはCredo(クレド)をご存知だろうか。
かのリッツカールトンホテルが有名だが、CREDOとは「信条」のこと。つまり企業で言えば企業理念、個人であれば自分ルールのようなものです。

僕は、株式会社ビジネスバンクという起業家支援の支援をする会社で半年間程度働かせて頂きました。そして、この会社ではこのCREDO(クレド)をとても大事にします。本日は、そこで得たCREDOについて思う事を、MY CREDOという著書の内容を踏まえて、皆様にお伝えできればと思います。

■ 自由な国で、自らを不自由にし、自由を得る人



僕たちが今いる世の中は本当に自由だ。缶コーヒーから職業選択まで、溢れるばかりの選択肢を持っている。コンビニでは年間80%の商品が入れ替わり、次々に新しい商品が陳列される。ネットを使って世界中の情報を入手し、世界中のサービスを使う事もできる。
しかし、自由という事は、良い事ばかりでは無い。ありとあらゆる事に選択肢があり、たくさんの選択肢を持っているからこそ、その選択に悩む。毎日悩む。自分では決めきれない事もたくさんあるだろう。悩んだあげく、一般的な選択や流行に流されてしまったりする。そう考えると、自由なはずなのに、本当の意味で自由に選択できている人は少ないのではないのかもしれない。
そんな中、自分軸を持ち自分にルールを課せ、自ら不自由になろうとしているにも関わらず、とても自由な人がいる。

その答えがCREDOにある。なぜ彼らは自由なのか。

■ Credo持つという事



CREDOとは冒頭でも述べたように、信条であり、自分ルールのようなものである。皆さんも、心に響いた経営者の言葉や偉人の言葉をメモに取った事があるのではないだろうか。CREDOはその感覚に似ている。そして、上記で述べたような世の中でも、不安や悩みが無く、逆に自由な人は、自らのCREDO(MY CREDO)を持っている事が多い。

個人が尊重される時代は良い事だが、その分、社会と個人の距離は離れており、それによって失われたものがある。簡単に言うと、悪い事をしたら隣のおじさんが叱ってくれたり、校則を犯したら、ぶっとばしてくれる先生が少なくなっているという事。荒手な方法だが、そうやって社会のルールを、ある意味半強制的に覚えさせてくれていた。こうしなければいけない、こうしてはいけない、こうやれば上手くいく事を、幼い頃から経験として覚えさせられた。しかし、選択肢が山のようにありそれを自由に選択できる、また、個人が尊重され社会規範が希薄化している世の中では、全て自分で判断しなければならない

昔、高度成長期の頃は “日本全体が成長するんだ” って空気になっていたから、そのベクトルに向かって活動していれば良かった。豊かさや自由を求めて一生懸命頑張った。
そして豊かで自由な世の中になった今、本当の幸福を感じるには、自らでしっかりと判断し自分の道を選択するための指針、自分でルールを作る事が重要になる。

そこにCREDOを持つ意味がある。
以下、僕自身が大事にする10のMY CREDOをご紹介しよう。

My CREDO1: 1万人から “この人と一緒に働きたい” と思われる人間に


仕事って、言うまでもないがめちゃくちゃインパクトのある事。それはお金を稼ぐ手段や自分が成長するための手段としての内向きの効果だったり、社会に価値を提供するという外向きの効果だったり。数十年働くという性質だけをとって考えても、単純にどっちが大事かとかじゃなくて、生きていく上で様々な効果と意味をもたらす。
そんな仕事をできるだけ多くの人から “一緒にやりたい” と言ってもらえる人間が僕の目指す姿

My CREDO2:成功の反対は何もしないこと


(presented by businessbank)

失敗は成功の母と言うけれど、何もしなかったら何も生まれないし、失敗すらしない。そして、成功なんてするはずがない。大学生活、何をしても良いし、何もしなくても良いような自由な時間がたくさんあった。時には、のほほんと生きている友人達がうらやましく思ったけれど、何もしなければ、何も生まれないのだから、人間は忙しいうちが華なのかな。

My CREDO 3:当たり前に感謝し、当たり前を壊す


今、自分の周りで当たり前になっている事は、実は先代達が必死になって作って来た物が多い。電車も水道も電気も、家電とか携帯とか。すごいと思う。一方で、当たり前になっているものを壊すのは難しい。現に、電車とか水道とか電気とか、毎月色んな事が変わったら、それはそれでパニックだろう。
当たり前になってしまっているものについて、時間を作って考える機会は凄く少ない。だから、当たり前について少し考えて見ると、やっぱり自分は幸せだなって気づけたり、壊さなければ行けない当たり前が見つかるかもしれない

My CREDO 4:できない理由より、できる方法を考える


人は、できない理由を並べて自分の周りにバリアを張ろうとする。「これこれこうだから、今はできない。」と、できない理由を並べる。そういう理由を並べるのはすごく簡単。でも、完璧な人なんて誰もいないし、完璧な環境なんてありえない。だから、「今、自分はこういう力を持っているから、こういう風にすればできる」と考える。

My CREDO 5:夢は語りすぎで良い


夢って「ちょっとあの人夢語りすぎじゃないか?」と言われる位が語って良いものだと思う。もし、その夢を自分の中から無くしてしまったら、多分一生叶わない。そういう夢とかビジョンを持っているからこそ、達成し得る可能性が出てくるし、達成するために頑張れる。その夢は「将来外国に家を買う」とか「日本一・世界一になる」とか、本当にどんな夢でも良い。「夢ばかり語っていないでしっかり足元を見ろ!」とお叱りを受ける時もあるかもしれないが、そんな時は一度足下を見直して、また夢を見ながら頑張れば良い

My CREDO 6:直感、論理、直感


これは自己選択におけるクレドで、直感だけでも、論理だけでもダメで、この両方を考慮し、最後は直感で選ぶという事。例えば職業選択でも、直感的に良いなって思う会社の中で、事業内容とか給与を比較する、でも最終的にはそれらを踏まえて初心に戻り、自分の直感を信じて選択する。直感だけでも論理だけでも無く、自分の中で全ての選択肢が揃った上で、自分の感覚を信じる。

My CREDO 7:変わりたければ、変わらなければ、変われない


同じコミュ二ティとか気の合う仲閒とずっといるってすごい楽。でも、もしあなたが、今の自分から変わりたいと思ったら、環境を変えるしか無い。類は友を呼ぶと言うが、まさにその通りで、自分の周りにいる人は自分と同じようなレベルだし、もしそうでないとしても、そのレベルに調和されると思う。
新しい環境に飛び込むのは勇気がいるし、エネルギーも必要だが、そこでステップアップできるのだと思う。  

My CREDO 8:思い立ったが吉日


人間は約8割の事を24時間以内に忘れるって言うけれど、多分人の気持ちって、24時間以内に興味が無くなるというか、冷めるんだと思う。だから思いついた事を後回しにしていくと、思いついたときとは比べ物にならない程、やる気が無くなるというか、パフォーマンスが落ちる。ドンドンめんどくさくなっていくし、他にもドンドン新しい事が自分の中に入ってくる。思いついた瞬間から取り組むのは結構難しいけど、なるべく後回しにしない。

My CREDO 9:稼げなければ生きていけない、優しくなければ生きている価値がない


信じられない程、裕福な生活をしている人。同世代なのに数段頭がキレる人。10代で起業してる人。すごい人をたくさん見てきた。でも、ぶっちゃけ、”この人とは一緒に働きたく無い・一緒にいたくない” と思う人もいた。やっぱり自分が死ぬ前に大会社の株とか素晴らしい論文に囲まれていたいとも思わないし、人間なんて、結局一人じゃいきていけないんだから、人の事を考えられなかったら、その人の価値ってそんなもん

My CREDO 10:結局、勉強好きだけが生き残る


(presented by businessbank)

初めてこの言葉を聞いた時、グサッと来た。変な自信しか持ってなかった僕は、1年前を思い返してみたらただのくそ生意気なガキだったと思うし、今もそうなのかもしれない。本を読むのが得意じゃなかったし、座学も苦手。だからこの言葉を聞いてから僕は、人から盗みながら勉強させて貰う事にした。学びの方法は色々あるけれど、自分の周りを見ていても、結局、学び続けられる人が成長している。
これからは根拠の無い自信から、根拠のある自信にしなければいけない


■ 最後に


同世代なら少なからず「自分の軸が見つからない・わからない」という悩みを持つ人がたくさんいるでしょう。それは上記でも述べた、社会規範としての制限がなくなり、もともと自由な世界だったという事が理由の一つとしてあげられると思います。

世界で最も不安が少ない国といわれるデンマークやオランダ等では、とてもシンプルな世界があります。彼らは、夜は寝て、休日は休み、チーズをはさんだだけのサンドウィッチが大好きです。今や、地球の裏側にも簡単に行ける世の中なのだから、もっと様々な物を集め、もっと自由に選択する事も可能なはずだけど、彼らはシンプルさを維持しようとしています。不安が少ない国という由来は、もちろん社会保障等の国政を含むものもあります。しかし、社会制度が悪いと他責し、変わる事を政治家等の他人に任せるよりも、自分が変わる方がよっぽど早いのです

だとすれば、この自由な国でもっとシンプルに、もっと自分らしく生きる(数々の選択をしていく)にはMY CREDOを持つという手段は、効果的のように思います。

オテキ

§自由な国で、自らを不自由にし、自由を得る人 ”My Credoを持つという事とMy Credo 10選”」への1件のフィードバック

  • murakomame より:

    とても良い記事ですね。若い人たちだけではない、としを重ねるとあなたの言っていることがよくわかります。これからのブログ、楽しみにしています。ではまた・・

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